耕す道具鍬(すき)や鍬(くわ)は、紀元前2200年ごろのメソポタミア文明ではすでに使われていた記録があります。最も初期のものは弓型の細い垂直の先のとがった棒でほとんどの穀物に適した浅い溝を作るために、表土を引きずるものだったと推測されています。

さらに紀元前1世紀に書かれたと言う中国で最も古い農業書『氾勝之書』の最初の文章は、「農耕の基本原理は、正しい時を選び、土を粉砕し、その肥沃度と水分に注意し、早くに鍬を入れ、早期に収穫することである。」 (原文:凡耕之本、在於趣時、和土、努糞澤、早鉏早穫)とあるように人類は耕してきたと思われます。

現代の不耕起農業のアイデアは、1940 年代にエドワード H. フォークナー (Plowman’s Folly の著者) によって始まりましたが、さまざまな研究者や農家がこのアイデアを試し始めたのは、パラコートなどの強力な除草剤が第二次世界大戦後に開発されてからと言われています。米国のノースカロライナ州やケンタキッキー州、ニュージーランド、さらにはブラジルの農家が実践を始めたと報告されています

米国では不耕起農業で 、重機の土壌上の通過が少なくなり、作物の残留物が降雨の蒸発を防ぎ、土壌への水の浸透を増加させ、これらでコストの削減になると不耕起の地域は拡大し続けています。2017年、不耕起農業は米国の耕作地の約21%と米国農務省が報告しています。

日本でも「自然農法 わら一本の革命」の福岡正信さんが、愛媛県伊予市に帰農して、耕さない自然農法の研究を始めたのが戦後1947年。

続く